龍雲院の歴史

龍雲院縁起

 龍雲院は大永6年(西暦1526年)大中一介禅師により開創されました。一介禅師のご隠居所として開かれたお寺です。 大中一介禅師は、市内の長源寺、普済寺を開創。龍雲院創立時には、80歳のご高齢であり享禄5年(1532年)正月29日、 86才で龍雲院にて遷化されるまで閑居されておられたということです。 文化元年(1804年)には有名な岐阜県可児市の蟹薬師本堂を模して薬師堂が再建されました。 薬師堂には、正面に薬師如来、その両側には日光菩薩月光菩薩、十二神将、不動明王、毘沙門天が祭られています。 また、左側に弘法大師も祭られ、四国直伝弘法第88番札所にもなっています。  また、昭和51年(1976年)には、現在の本堂が再建されています。 境内が狭いため、建物は鉄筋コンクリート2階建てにし、2階を本堂、1階は平成14年に多目的ホールに改装しています。

     

              大正時代の龍雲院全景

龍雲院年譜

摘      要
1526年(大永6年) 大中一介禅師により龍雲院開創
1532年(享禄5年) 正月29日開山大中一介禅師遷化
1679年(延宝7年) 薬師堂再建
この代の記録に玉翁山東光寺とある
1736年〜1740年(元文年中) 大火災にて寺院焼失、ことごとく烏有に帰す
1774年(安永3年) 本堂再建(本堂棟木に記載あり)
1804年(文化元年) 6月薬師堂再建
蟹薬師と称され、有名な岐阜県可児市の蟹薬師本堂を模して建立された
1976年(昭和51年) 本堂再建
鉄筋コンクリート造り2階建ての近代的な本堂として再建された
1990年(平成2年) 庫裏再建
2002年(平成14年) 書院再建
六世晋山に伴い、旧書院を再建
2009年(平成21年) 瑠璃光殿再建、山門再建、墓地改葬工事完了
東海太田川土地区画整理事業に伴い、墓地、瑠璃光殿、山門の移転が必要となり、平成19年から工事を開始し、平成21年11月8日に工事完了となった

平成21年改築前の伽藍

旧 龍雲院本堂

 江戸時代に建立された本堂。伊勢湾台風にも負けず昭和末期まで檀家の皆様に愛されてきましたが、いよいよ建物が古くなって、ついに昭和50年現在のRC2階建ての本堂に新築されました。長い間お疲れさまでした。

旧本堂

旧 龍雲院瑠璃光殿

 文化元年(1804年)に建立された瑠璃光殿。有名な岐阜県可児市の蟹薬師本堂を模して建立されたと云われています。 この度、区画整理のため移築が必要となりましたが、老朽化が激しく惜しくも解体されることとなりました。

 

旧 龍雲院山門

 この山門は、江戸時代後期の建築とされ、かつては横須賀代官所の門であったものを移築したものです。 以前から、尾張藩主徳川光友公が寛文六年(1666)に造営した横須賀御殿の門を移築したものではとの言い伝えもありましたが、 東海市教育委員会において詳細に調査を行った結果、 代官所にあった門を明治4年頃に龍雲院へ移築されたものであろうとの結論となりました。
  区画整理のため瑠璃光殿同様移築が必要となりましたが、老朽化が激しく移築不可能との事で解体を余儀なくされました。詳細についてはこちらから →  東海市龍雲院山門について